2016年10月17日月曜日

ラーメン二郎 スペシャルトークショー

ジロリアンの友人に誘ってもらい、昨日


『ラーメン二郎 スペシャルトークショー』


に参加してきました。

僕は卒業生ではないのですが、慶應連合三田会大会
イベントの一環として開催されたようです。


会場外にはこんな立派な告知がされていました。




熱烈なジロリアン対策として念のため開始1時間くらい前から並び始め、
無事前方の席をゲット!


会場前方にはきちんと作られたパネルが。
(ちゃんとオフィシャルのロゴデータから起こしている)




席につくと、クリアファイルが机の上に置いてありました。



※ちなみに僕は二郎全店お遍路済ですw


クリアファイルの中には参加者の方のプロフィールが。




パネラーは二郎創始者の山田総帥(以下おやじ)をメインに、ジロリアンから修行して転身した
二郎目黒店(通称めぐ二郎)の若林店主、スポーツジャーナリスト、元応援部団長、
グルメブロガー、全国二郎お遍路済み夫妻、おやじの飲み友達など、多士済々な
慶應卒業生ジロリアンの皆さま。
※コピーライターの方は所用!?のため欠席。
そして司会はプロのアナウンサーという豪華布陣。


トークショーは予定通りの時間にスタート。
以下オヤジの発言をメインに、内容を抜粋したメモを書きます。
※一部ジロリアン友人のメモを拝借しましたm(_ _)m


◆第1部 二郎の歴史




・おやじ:以前和食の職人だった。開店当時(※以前は現在の三田ではなく、都立大学に
  お店があった。当時の店名は「ラーメン次郎」)はその影響で薄味のラーメンを提供していた。
  3ヶ月休まずにお店を開け続けて、1日平均18食くらいしか売れなかった。
  そのうち隣の肉屋の家族が2杯、近所の魚屋が1杯必ず食べてくれた。
  もう閉めようと店で酒を飲んでいたある日、近所の雪印社員の寮(おそらく
  社員の子供たちのための寮)住む学生たちが偶然店に入ってきた。
  麻雀帰りでたまたま寄ったとのこと。オヤジは酒を飲んでいたので、
  自分たちで勝手にラーメン作って食べろと言ったら、食べた学生から
  美味くないと言われた。

・おやじ:店を閉めると学生に言ったら、もう少し頑張れと言われた。その後昼間の
  営業をやめて昔の中華屋に勉強に行った(和食をやっていたから、ラーメンなんて
  簡単にできると思ってそれまでまともに修行していなかった)。現在の三田に移転
  したのは、都立大学のお店を立ち退くよう言われたタイミングの時に、たまたま
  麻雀をやっていた慶応の学生から洋食屋を営んでいたテナントが退去するので
  来ないかと誘われたのがきっかけ。

・(奥さん[以下おばさん]が店を手伝うようになったのはいつからか?という質問に対して)
   おやじ:カウンターが左に傾いた時から。スープがこぼれて100円玉がベタベタになった
  (※当時はお札以外のお釣りをカウンターに 置いていた)のを、おばさんが拭いていた。


◆第2部 二郎の味と食




・若林:二郎を始めて21年。慶応の卒業生で二郎をやっている人は少ない。
  神保町と目黒は本店より美味しいと言われる。オヤジは金もうけに走った。
  貝洲補足:この発言におやじが「目黒が超えたとかしゃらくさいこと言ってるん
                じゃない!」と応じていて、二人の信頼し合っている関係がにじみ
                  出ていて微笑ましかったですw

・おやじ:若林育ててない。何も教えてない。後ろで見とけこんな感じだと言っただけ。

・若林:後ろから見てて楽そうだった。これなら俺でも出来ると思った(笑)

・(二郎インスパイア店についてどう思うか?という質問に対して)
  若林:インスパイア店が出てくるのは歓迎。それによって本家二郎ブランドの価値が
           上がる。

・(二郎名物の「豚」について)おやじ:美味い。昔は学生に勝手に持っていかれたり
  していた。店のシャッターが下まで閉まらなかったので、勝手に開けて豚を持って
  いかれた。でもタコ糸だけ置いていってたのは偉い。豚の味は適当。まず1時間
  沸かないように煮て、沸いてから1時間煮るだけ。特別なことはない。醤油に
  漬けて、ただ東京ガスで沸かすだけ。骨と脂、野菜のくずを入れて煮るだけ。
  醤油こだわりない。遺伝子組み換えした大豆を使っているのがポイント。
  若林:目黒店も同じ業者から買っているが、豚は本店の方が美味しい。
  貝洲補足:このくだりをおやじが話している間、会場は終始大爆笑に
                  包まれていましたw


◆第3部 二郎の伝説




・(二郎で客が注文を伝える時に唱える「コール」について)
  おやじ:少なめ、マシマシ、柔らかめ、硬めとか言われてもあまり関係ない。
  ただ大はオススメしない。
  貝洲補足:少な目や多め、マシマシコールは各店店主の手加減により量が
                  まちまちなので、確かに一理あります。ただだからといって
                  軽はずみに野菜マシとコールすると、過去の僕みたいに
                  死にかけるかもしれないのでご注意ください。。

・おやじ:(二郎の「社訓」について)「ニンニク入れますか?」以外は全部パクり。


※5・6は実際は一つの社訓です(スライドが間違い)。


1.以前和食の職人時代の総料理長の口癖のパクり

2.某政党のスローガンのパクり

3.外国人アーティストのパクり

4.某銀行社員手帳のパクり

5・6.警視庁 少年剣道柔道手帳のパクり


◆第4部 二郎の未来




おやじ:(支店についてどう思うか?という質問に対して)
   最初支店はどうでもいいと思っていたが、支店の支店を出したりする人がいて、
   (支店のクオリティに)文句を言ってくる人が出てきたので、本店で勉強して、
   ちゃんと修行したひとに看板をあげるようにした。海外に出そうという話もあるが
   あまり乗らない。あまりお客さんが座りたがらない回転寿司のトイレの横の
   スペースでラーメン二郎やらないか、と提示されたこともあったが断った。

若林:おばさんはあまり支店を出したいと思ってない。
(ここでサプライズで「おばさん」登場)

おばさん:今までおやじの尻ぬぐいをしてきた。(支店の店主たちについて)自慢の
               息子をいっぱい持ったと思って誇らしい。皆さんのおかげで成長した。
               自分のお店とは思えないくらい。支店を増やすことにはあまり賛成では
     ない。 数が増えれば本店のようについてきてくれる人たちは
        減ってきてしまう。

若林:お客さんとして15年二郎に通った。目黒店を作ってから21年経つ。
         慶応あってのラーメン二郎。二人で歯を食いしばって作り上げた
         旧店舗をお客さんが盛り立ててくれたから今の二郎がある。


この他にも冒頭で元応援部団長による応援の掛け声があり、サプライズで
現在本店の厨房に午後の部で立っている息子さんからの手紙が読み上げられたり、
突然慶応の応援歌の合唱が始まったりしたのですが、最後は登壇者の記念撮影で
締めくくられました。

二郎ファンの僕にとって終始笑いの絶えない、盛りだくさんで大満足の90分でした!
おやじさんの話には自他ともに認める「ホラ」がふんだんに盛り込まれているの
ですが、そのいい感じに適当でユルい人柄だからこそ、二郎にコアなファンが
集まり、ここまで拡がったのだと実感しました。

自分の母校ではないですが、慶応の「学風」が垣間見えて、その学風とともに拡大・
成長してきた二郎ブランドの素晴らしい関係性の一端を垣間見ることができたのも
収穫でした。


イベントを主宰してくださった慶応OBの皆さま、素晴らしい時間を
ありがとうございました!


スタッフの皆さんの記念撮影風景をパシャリ。





あれだけ話を聞いた後なので、お昼はもちろん二郎!@中山駅前店
(ラーメン小・コールは「にんにくちょっと」)




※なぜかフォントがバラバラなのが指定通りに直らず、、
    読みづらい部分がありすみません。。

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